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Words in DustBox

どこかで道を間違えたと思っていると一向に前に進めないので、間違った道ならそれはそれでいいとして、じゃあとこへ行くんだよと自問して歩いてみたらいいじゃない。

なんとなく生きてしまえる環境だと、なんとなくの日常に埋もれて本来の何かが忘れ去られてしまうわけで、本当にいるべき場所があるのなら、多分なんとなくですらいられない場所にいた方が本人のためにはいいのかと思ふ。

とりあえずに慣れて、飼い慣らされて、その場から動く気力も出ず、どうにかしなきゃなぁとか思いつつも、ぬるま湯に浸りきって思考停止してる限り、いつか思い描いた未来とかそんなものに手が届くはずもない。

他人がどう言おうと、んなことは分かってる、分かってるんだけどどうしようもないんだよっと開き直る気持ちも多聞に分かるのだが、やっぱり他人は所詮他人であって、そこまでしか後押しはできないわけで。

境界線を引いたのは他ならぬ自分なので、最終的にその線を越えるのも消すのも自分しかできないわけですよ。

完全なやり方などあるはずもなく、完璧な解答も得られることはないでせう。
最善な道だと思うものを信じて、最適だと言い聞かせて実行するのみ。
そうやって、最後に結果を決めるのは自分であって、一般論なんてものは気にしないようにすると、少なくとも後ろ向きにただ漫然と呼吸をしているだけの日常からは離脱できるかと。

とりあえず突進、ダメだったら決断、自分に素直に。
そんな感じで衝動的に動くのも大事じゃないかしら?


…えっーと、こんな感じですかね。悩める某氏。

うん、似非カウンセラーもどきのような戯言文章デスネw
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2011.06.07(Tue) | Blather | cm(0) | tb(0) |

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